HIRO T'S DIARY

● 4月前半の日記 ●

4月1日(月曜日)

先月ミニ・アルバム"Super Sunny Day"をリリースしたばかりの橘いずみさんがお客さまでやって来てくれた。半年に1枚のペースはミニ・アルバムとはいえかなり早いんではねえの?って思って問いかけてみたら「いやぁ、絞り出してますよ。」って答えてくれた。でもやっぱ顔つきを見ていると絞ろうが何しようが今の自分を歌を通して表現するのが楽しくってしようがないって感じである。いやいや、いいことである。

昨日アルバム・リリース記念のライブのときにファンの人からもらったというお花を持ってきてくれた。東京まで持って帰るのもお花が可哀想って心遣いで。ありがたく頂いて、今我が事務所の受付にちょこんと飾られている。頂いたボクが花を持っても良かったのだが、構図的にはやはりこちらの方が正解であったと写真を見て満足した。

4月2日(火曜日)

先月まではバイトの身分であった森くんが昨日入社した。ただ昨日の日記はゲストの橘いずみさんを取り扱うのが当然のしきたりなのでこの写真は没になりかけていた。(世の中そんなもんである。)しかし、森にとってラッキーなことに今日はゲストもなくぽっかりと空いた日になった。だから一度ゴミ箱に捨ててまだ削除していなかった画像を今日の日記として取り上げることにした。亀井は編集中、城井はお買い物と離席していたが、全員正装のおごそかな雰囲気の中入社式は粛々と、とりおこなわれた。手渡しているのは契約書でそこには「今まで勅使河原くんとか伊集院くんとか仮名で呼んでごめん!」とやさしく書かれていた。ただ新入社員は向こう3年間無給無休で働くこととこっそりと記されてもいた。森はまだそれを知らぬようである。ハハッ。

4月3日(水曜日)

ウルフルズさんである。今日のボクの番組に来てくれた。いつも明るい彼らであるが、今日もやっぱり底抜けに明るかった。ニュー・アルバム「ウルフルズ」がスッコ〜ンって突き抜けているからかな?とにかく「明るさ」はやっぱ一番って再確認した。

以前から一度ほんまにマジで麻雀をしてそれからバーベキューしようって言い続けているんだが、まだ実現していない。今年も間もなくライブが始まるしどうなるんだろう?でも今回も、「ほんまやろな!」って固い約束を交わした。いつ実現するかもわかんない夢だけど、そんな時が必ずやって来ると信じて楽しみにしているのだはんしん。ブヒッ。

4月4日木曜日

ちいさな会社である。しかし、うちの社員は精鋭である。彼女もその一人。誰かに似てるなって思うかもしれないがそれは間違い。彼女の名前はサリー。もう2年以上うちの受付をしてくれている。職務には忠実で屋上のバーベキューを誘っても「いえ、来客があるといけないので。」と持ち場を離れない。24時間シフトで働いてくれるサリーには社長のボクと言えども頭が上がらない。いい子だ。

ただそんな彼女にも悩みがある。偏頭痛を抱えているせいで電話の応答が出来ないのだ。社長のボクは仕事熱心な彼女を責めたことはまだない。ただ、人が話しかけているときぐらいは目を見て会話して欲しいとだけ願っている。

今日は優秀な受付嬢、サリーを紹介した。

4月5日(金曜日)

ジョーサンプルが帰ってきてくれた。昨日から明日までブルー・ノートでライブ中。せっかくだから事務所のキーボードを802のスタジオに持ち込んでインタビューをしながら生演奏もしてもらった。最新アルバム「ペカン・ツリー」からMemoriesってバラードであった。ものすごい表現力で苦労してキーボードを持ち込んでよかったって思った。

インタビュー後、知り合って20年にもなるジョーの前で初めてボクの演奏を披露した。(能ある鷹は爪を隠すだったのである。)ジョーが何と言ったかは恥ずかしくて訳せないので原文のまま紹介しておく。

"Boy! Hiro! You are truly gifted!!"

4月5日(金曜日)Part2.
ラジオ制作会社パンプキンのホープとして入社した森裕幸くんも最初の1週間を無事に終えた。お約束ではあるが、やはり当社も新入社員歓迎会を開いた。夕刻から開始されたこの歓迎会の模様をここに記録しておくことにする。
所信表明演説(その1)
所信表明演説(その2)
4月7日(日曜日)

来年の今日鉄腕アトムが誕生するのである。天馬博士が生みの親、そしてお茶の水博士がそのよき理解者なのだ。今日は日曜日。暇だ。宝塚の手塚治虫記念館ではなんとそのアトムの生誕のカウントダウンが始まったというではないか!もちろん、開幕8連勝のかかった阪神のヤクルト戦も非常に気になる。気にはなるが、あのアトムがまだこの世に生を受けていなかったとしって黙っているわけにはいかない。

決心した。アトムに逢いに行こう!!アトムが俺を待っている。突き動かされる衝動と共に500円の入館料を払って転がり込むように記念館に飛び込んだ。

アトムはだまってボクを待っていてくれた。

そればかりか、アトムは入り口でもボクを待っていてくれた。どっちのアトムが本家なのかボクには分からない。ただ、最初に見かけた時のアトムがスケジュールがパッツンパッツンのようでボクは写真をお願いすることが出来なかった。ボクも時々同じような状態になるので彼の多忙さはよく分かる。だから涙を呑んだ。んが、しかし、ほどなくアトムは所在なげにまた入り口に現れた。これを逃してはあかんじゃろうて。だから、どきどきしながら「あっ、ああのう、写真ええですか?」って舌を噛みつつ頼んだ。そしてなんと来年誕生するアトムと時空を越えての記念撮影に成功したのである。うらやましいやろ!

そのあと、記念館に電源を入れるスイッチとかエアを制御するバルブとかあったので回してみた。すると怒られた。下右はまさにその怒られた瞬間のこれも記念すべきショットである。しかしこんな冒険が出来るボクを人は尊敬しなければならない。

手塚治虫記念館を出てファミリー・ランドから宝塚大劇場までちょっと散策してみた。するとベルサイユの薔薇がいた。またまた衝動に突き動かされてしまった。

だからオスカルの相方、メスカルをやってみた。(たまらなく恥ずかしかった。)これは勿論おまけである。

チャン、チャン!


4月10日(水曜日)

地球ゴージャスの岸谷五郎さんと寺脇康文さんが来てくれた。今度のお芝居は彼らにとっても初体験のフェスティバル・ホール全10公演でかなり気合いが入っている。初演のお芝居だしまだ今から練っていくということなので深くは聞けなかったがしかし彼らの表情を見ているとまた「やってくれそうな」気配濃厚であった。大阪前に東京でも上演するとのこと。必ず行って、そして観た感想をみなさんにフィードバックすることにしよう。

記念撮影では「誰が一番えらいか」合戦をやってみた。ボクは当然センターなのでそのえらさを主張。すると岸谷氏「いや、やっぱ帽子かぶってるほうがえらいでしょ?」すると寺脇氏「いややっぱ、この業界でネクタイをしてるボクなんじゃ?」となって結局寺脇氏に「一番えらい」大賞が与えられた。

4月11日(木曜日)

小雨降る、とある日の午後である。(と言っても、11日の日記なのだから11日なのだが・・)寺平さんは事務所近くのとある楽器屋さんに出現した。(と言っても、いつもよくしてもらっているミュージックランド・キーさんなのであるが、なんとなくこの方がかっこよさそうなのでちょっと思わせぶりに書いてみただけである。)

ギターをしきりに吟味する寺平さんに直撃インタビューを試みた。「あの〜、なんでギター見たはるんですか?」「えっ、うん、まあ、その、ボク、アコギは持ってるけどエレアコがなくてさ、まあ、その〜」っとかなり思わせぶりな返答であった。

と、見るやいなや、1本のギターを鷲掴みにしていきなり弾き出した。しかも、店員さんに「どうぞ!」も言われていないのに勝手にシールドまで引っ張り出してきて勝手にアンプにつないで勝手に電源を入れてミュージックランド・キーの電気代を使い放題の状況でである。どうやらこれは相当にせっぱ詰まった状態であると、記者は見た。

未確認で尚かつ想像でしかないのであるが、5月4日大阪城野音で行われる一大オムニバス・ライブ「ニュー・ブリーズ」で何事かを企てていると記者は見た。

そばに寄って再度のインタビューを試みようとはしたのであるが、とにかく寺平さんは何者をも寄せ付けぬばかりの気配でひたすら試奏を続けている。ちょっと手持ちぶさたなので彼がいたく気に入っているとみえるギターのメーカーをチェックしてみた。

テーラダイラさんの弾いているギターは「テーラー」だった。ギターの名前にも駄洒落センスを強要するこのあたりの語呂合わせさすがと言わずばなるまい。記者も脱帽した。スクープであった。

 

お店の中でもかなりえらいポジションにいるように見える人(と言っても、高田さんなのだが)を呼び寄せていきなり寺平さんは一言。「これ、なんぼ?」高田さんは記者のカメラに写り込まぬように電卓の数字を寺平さんにおもむろに差し出した。(このあたりの気配りはさすがバリバリの営業マンやなぁと記者は脱帽した。)(と言っても、最初から帽子はかぶっていなかったのであるが。)

価格を見た直後の寺平さんの表情を幸運にも押さえることが出来た。どうやら彼はギターに最初からついていたはずの値札も見ずに試奏をしてしまい彼の予算にもうひとつゼロの付いた価格を見て絶句したようである。

 


商談どうやら今日はまとまらず寺平さんはこの後すぐにお店を後にした。階段を登る彼の背中からは哀愁がにじみでていた。どうやら世の中をなめていたようである。ただ、何かブツブツと言葉が聞こえるので記者は耳を澄まして聞いてみた。彼の言葉から何かが読みとれるかもしれない。その言葉をここに記すことにより今日のルポを終えることにしよう。

「資金繰り的にみてやなぁ、う〜〜ん、やっぱ無理かもわからんなぁ。でもニューブリーズも迫ってきてるしなぁ・・・」

4月13日(土曜日)

今月は神戸ウイークが、そして来月は京都ウイークがやってくる。こう見えても私、現場主義である。やっぱ、自分の足で稼いだ情報でないとどうもいまいちオンエアでは覇気がない。でもボクもまあまあそこそこ忙しい人である。スケジュールと首っ引きでゴールデン・ウイーク明けにやってくる京都ウイークの取材日を考えてみるとどうやら今日ぐらいしか時間が捻出出来ない。だから今日捻出した。

昔ながらの京都より「今な京都」をコンセプトに京都まで足を伸ばしたのである。それは河原町通りと御池通りと烏丸通りとそして四条通りに囲まれたエリアであるらしい。

ところがどっこい昔ながらの市場まわりは見逃してはいけないのだ。大阪での黒門市場は京都なら錦であると聞き及んだ。しかも錦はこのエリアの中にある。だから攻めてみた。

いや、楽しい楽しい。京都ならではの食材がいっぱい並べられた市場だった。その端っこの方に行列を発見。見ると黒豆きなこの豆乳ソフトクリーム250円だった。並んだ。喰った。おいしおすなぁだった。後ろの人がボクを押したのでついでに押すなぁとも言ってみた。

漬物屋さんで奈良漬けを発見した。京都やのに、なんで奈良?って思ったが質問するのはやめておいた。このあたり冷静なジャーナリストの行動と人は賛美するはずである。

今度は御池、烏丸の交差点にほど近い新風館までうろうろと歩いて上がった。旧NTTの建物を外側はそのままに、そして中を結構モダーンにした建物はなかなかのものであった。入り口を入ってすぐにある大きな広場はお花がいっぱい。花と言えば寺平と言われるほどの花好きのボクはお花に囲まれて記念撮影をした。花より可憐なボクはカレン・カーペンターの歌を歌った。

また番組でも紹介したこのあたりを近いうちに走るという自転車タクシーの展示も発見。これに客を2人も乗せたら走るのんしんどいやろなあという感想をもちつつ見事にこの場面の取材も終えた。

ちょっと小腹がすいた、っていうより甘いものを欲した。お洒落なカフェに入った。晩は実は802のえらい人とのお食事会もあるのであまり腹に来るものは喰えない。好物のプリン・アラモードをメニューに見つけた、しかもそこにはハーフサイズ600円とも記載されていた。小躍りした。注文して運ばれてきたらデカかった。「えらいこっちゃ!晩飯が喰われへんようになる!」と思いながら全部喰った。
京都市立文化博物館もエリア内に見つけた。入ってみたかったが、そろそろ夕刻も近づいて来ているので断念した。だがやはり文化的な建物なのでその前で一応彫刻のようなポーズをしてみた。題名は「ボーリングを投げた直後の恍惚」である。この間ボーリングに行ったときとなりのレーンで投げていたおじさんがフィニッシュの自分の恰好に陶酔してはったその感じを再現したかったのだ。様になっているので満足した。これからボクもボーリングのフィニッシュはこう決めようかと思った。

とにかく数時間の間、このエリアを徹底的に歩きまくった。アキレス腱が痛くなるくらいだった。確かに今の京都で注目を浴びつつあるエリアだなって感じた。発展するちょっと前の大阪の堀江って感じか?とにかくちょっと歩くと「おっ!」と思うようなお店がひょっこり出てきたりして休日の時間つぶしにはもってこいであろうと感じた。今からがおもしろいエリアであろう。

旧毎日新聞の社屋であったというビル「1928」というのもあった。中に入って階段とかを登っているとビル全部からにじみ出す歴史の匂いがボクをすっぽり包み込んだ・・・・

その後祇園でとんでもない懐石をごちそうになった。DJしててよかったと正直思った。その詳細は教えてあげない。電車があるうちに帰ろうと思っていたが帰れるわけがないと気づいたのはもう12時を回ったころであった。花七軒という路地にあるショット・バー「アブサン」に連れて行ってもらった。たまらなくディープな時間に素敵にディープな京都のお店であった。マスター原田さん、最高である。そしてヘルプのポールもええヤツであった。イモ焼酎を酩酊しながら呑んでケラケラと笑いながらボクの京都の夜は更けていった。
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